明治十七年創業 徳重製菓とらや
軽羹(かるかん)という名前の由来と歴史
かるかんのことを知ろうとして調べはじめると、「軽羹」という漢字表記に最初に目が止まります。
「かるかん」という音で親しまれているのに、なぜ「軽い羹(こう)」と書くのか。その答えを知ると、この菓子が生まれた時代背景まで見えてきます。
「かるかん」という名前の由来
名前の由来には諸説ありますが、最もよく知られているのが「軽い羹(かるいこう)」が転じて「かるかん」になったという説です。羊羹よりも軽やかな食感を持つことから名付けられたといわれており、かるかんの特徴をよく表した名前として親しまれています。
一方で、かるかんの歴史には、中国や琉球との交流との関わりを指摘する説もあります。江戸時代の料理書「割烹余録」には、薩摩侯が宮川侯をもてなした献立が記されており、その内容には琉球を通じて伝わった中国文化の影響が色濃く見られます。豚の角煮や海参(なまこ)などの料理が並ぶ中に、かるかんの名も登場しているのです。
江戸時代の記録に残る、薩摩の銘菓
かるかんがどのように生まれたか、もう少し具体的な記録を辿ってみましょう。
藩主と菓子職人の出会い
薩摩藩11代藩主・島津斉彬(しまづなりあきら)は、江戸で製菓を営んでいた播州明石の八島(明石)六兵衛翁を鹿児島へ招いたと伝えられています。江戸の風月堂主人の推挙を受け、その菓子づくりへの熱心さと技術が認められたことが、招かれた理由のひとつだったとされています。
六兵衛翁は、鹿児島では「明石屋」と号し藩主の知遇を得ました。彼がここで出会ったのが、薩摩の自然薯でした。
自然薯は粘りが強く、かるかんづくりに適した素材として知られています。六兵衛翁は薩摩の自然薯や良質な米に着目し、かるかんづくりに工夫を重ねました。その功績により、軽羹は薩摩を代表する銘菓として広く知られるようになったと伝えられています。
文献に残る軽羹の記録

明石屋の軽羹に関する記録としては、弘化4年(1847年)のものが確認されています。島津斉彬が鹿児島で鷹狩りに出かけた際の記録の中に、軽羹が記されています。
一方で、軽羹そのものに関する記録はさらに古く、1699年(元禄12年)に薩摩藩島津家の献立に「軽羹」の名が記されています。このことから、少なくとも江戸時代には薩摩で親しまれていた菓子であったことがうかがえます。
かるかんを作る素材とその製法
かるかんは、かるかん粉(米粉)、自然薯(山芋)、砂糖、水を基本の原料として作られます。
山芋の中でも自然薯は、かるかんづくりに適した素材として知られています。一般的には、すりおろした自然薯に水や砂糖を加え、かるかん粉(米粉)を混ぜ合わせて生地を作り、蒸し上げます。
蒸しあがったかるかんはふんわりとした食感と、自然薯ならではのしっとりとした口当たりが特徴です。生地だけを味わう「かるかん」は、棹物や個包装タイプなどさまざまな形で親しまれています。
一方、かるかん饅頭は、かるかん生地であんこを包んで蒸しあげたものです。生地そのものを味わう「かるかん」と、あんこを包んだ「かるかん饅頭」があり、現在ではどちらも広く親しまれています。
| かるかん | かるかん饅頭 | |
|---|---|---|
| 構成 | かるかん生地そのもの | かるかん生地であんこを包む |
| 味わい | 生地の風味を味わう | 生地とあんこを合わせて味わう |
| 形態 | 棹物、個包装タイプなど | 蒸しあげた饅頭 |
薩摩の風土が生んだ菓子
かるかんが鹿児島に根付いた背景には、薩摩という土地の条件があります。
自然薯が採れ、かるかんづくりに用いられてきました。また、琉球との交易を通じて砂糖がもたらされ、薩摩では砂糖文化も発展しました。
職人の技と土地の素材が重なり、軽羹は鹿児島を代表する銘菓として親しまれるようになりました。こうした風土や文化に育まれたことが、かるかんが鹿児島を代表する銘菓となった理由のひとつといえるでしょう。
郷土菓子としての現在
かるかんは今も、鹿児島県の代表銘菓として広く親しまれており、家庭で手作りされるほか、土産や贈り物としても定番の存在です。
鹿児島には他にも、小豆羹(あずきかん)、木目羹(きもくかん)、いこ餅、げたんはなど、個性豊かな郷土菓子も受け継がれています。かるかんの歴史を辿ると、中国や琉球との交流など、鹿児島ならではの文化的背景もうかがえます。
鹿児島の銘菓を実際に手にとってみたい方は、霧や櫻や(kiriyasakuraya.com)をご覧ください。かるかんをはじめとする鹿児島の銘菓を取り揃えています。菓子の背景にある歴史を知ってから味わうと、そのおいしさをより深く感じられるかもしれません。
かるかんという名前の由来は何ですか。
諸説ありますが、最もよく知られているのは「軽い羹(かるいこう)」が転じて「かるかん」になったという説です。羊羹よりも軽やかな食感を持つことから名付けられたといわれています。
かるかんはいつ頃から作られていますか。
軽羹そのものに関する記録は、1699年(元禄12年)の薩摩藩島津家の献立に「軽羹」の名が確認できます。少なくとも江戸時代には薩摩で親しまれていた菓子であったことがうかがえます。
かるかんとかるかん饅頭はどう違いますか。
かるかんは生地そのものを味わうもので、かるかん饅頭はかるかん生地であんこを包んで蒸しあげたものです。現在ではどちらも広く親しまれています。
まとめ
かるかんは、「軽い羹」という名前の由来に、羊羹よりも軽やかな食感という特徴が表れています。江戸時代の薩摩藩の記録に名を残し、藩主と菓子職人の出会い、そして自然薯や砂糖といった薩摩の風土が重なって、鹿児島を代表する銘菓へと育ちました。名前の背景にある歴史を知ると、ひと口の味わいもより深く感じられます。
明治十七年創業 徳重製菓とらや
明治十七年から続く、
鹿児島・霧島の菓子づくり。
霧や櫻やでは、創業から受け継ぐ製法で、霧島の素材を活かしたお菓子をお届けしています。贈り物にも、ご自宅用にも。